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2011年7月22日金曜日

出羽国 慈恩寺 導入空間

送信者 慈恩寺

慈恩寺の石段の下から視線を上げると仁王門が見えるのだが、いやはやなんとも

電線が無秩序にあって非常に残念だ。市、県の方々どうにかしてあげて下さい。m(__)m

なので仁王門から本堂を望む

2011年7月21日木曜日

送信者 2011/07

出羽国 塔

送信者 慈恩寺

今日も三重塔です。

3間四方29m

1823年消失。現在の塔は文政十三(1830)年、当時の大工棟梁、布川文五郎が京都・奈良に学び、自ら設計図を書き、14人の大工によって再建された。地方の一大工がこれほどの規模と技術を誇る塔を作り上げたことに驚いた。東北には船大工の流れ、気仙集団の流れもあるのでその関係も気になるところだ。

部材や費用は当時の僧徒、近郷近在の人々の浄財によってまかなわれた。寺に寄せる信仰の深さが感じさせられる。しかし近年檀家さんがいないとも聞いた。


送信者 慈恩寺

2011年7月20日水曜日

山形県寒河江市慈恩寺三重塔

送信者 慈恩寺

慈恩寺三重塔(県指定文化財、江戸時代 文政十三年 1830年、銅板葺、高さ 26.7m)

慈恩寺は天平18年(746)、聖武天皇の勅令でインド僧婆羅門僧正が開基したと伝えられる東北を代表する寺院

三重塔は慶長十三年(1608)山形城主最上義光が建立後、文政六年(1823)焼失。文政十三年(1830)再建。大工は布川文五郎

塔は高欄のない縁をめぐらし、縁の下は板張りになっている。中央間桟唐戸、脇間板張り、中備えは蟇股

相輪(塔の上の金物)は擦が上端まで太く、九輪も薄く、詰まった感じがする。層塔には珍しく四方に鎖をたらす

江戸時代には幕府から2812余石の御朱印を受け東北随一の巨刹となった

見上げると美しい軒反り、実際観てみるとかなり痛み、歪んでいます。

手を伸ばせば

送信者 2011/07

山の天気は変わりやすい。。。。。。

朝降っていた雨が上がり急に晴れ間が現れた。

水面に映る青い空、手を伸ばせば届きそう。

2011年7月19日火曜日

送信者 2011/07
送信者 2011/07

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